連絡アーカイブ

連絡アーカイブ 2


・6月6日夕、歌津田の頭世話人が自宅で支援物資を配布しました=写真下。
「お酒やタバコがありましたので男性に多くお集まりいただきました。作業帰りに立ち寄った方など
最終的に30人位です。ビールは一瞬で消えました・・。 また、『愛国女性のつどい花時計様』からは、
豆腐や、牛乳、ヨーグルトなどクール便で送っていただきました。 なかなか手に入りにくい物なので、
女性の方に大変喜ばれました」 (世話人夫人)


・「三枚目、四枚目は先週(6月3、4日?)ですが、三枚目は合併して気仙沼市になりましたが、お隣の蔵内地区。
漁師仲間のお宅です。こちらでは配給も終了しており、同じく収入が途絶えているそうでとても喜ばれました。
四枚目は風邪でダウンしていた時に、なかなか配る事が出来なかったので、漁師仲間にお願いして配達して
もらった時の写真です」(歌津世話人夫人)




・ 歌津世話人夫人「今日は海岸にフェリー船が来ていたので、散歩がてら見学に… 海岸までの道。これでもだいぶ
綺麗になりましたが、元の景色には程遠いですね…。そしてフェリー船。想像以上に大きく驚きました。=写真下
見た目には分かりませんが、やはり大量の瓦礫が海の中にあるようで、網やロープ、電柱や車まで…
かなりの量が引き揚げられました。」 (6月7日)
・ホテル観洋避難所世話人でFM局の職員、Kさんは本当に車のなかで猫を飼っているそうです。
クロネコで名前は「リリ」。「日中は暑くて可哀そう。早く仮設にあたりたい」。(6月8日)
・ホテル観洋世話人「リリ(写真下)は、なるべく車を日陰に止めて日中はおかんが見てます。 車どちらも使う場合
は仕事場まで連れて行きますけど・・・夏心配です。餌は、かかり付けの病院がありましてそこから買ってます。
ただまわりにも飼ってる方いますので猫、犬缶とか猫、犬フードあるとうれしいです(^о^)」(6月10日)


・歌津世話人夫人「遂に今日、蛇口から水が! 生活用水なので飲む事は出来ず、食器を洗った後は
もう一度キレイな水ですすがないといけないのですが、それでもだいぶ楽になりました。
また今日は長男の入園式がありました。保育園が避難所になっており2ヶ月遅れとなりましたが、
お陰様で無事にこの日を迎える事が出来ました。 お友達と楽しそうに遊んでいる息子の姿(写真下)に、 
こちらも嬉しくなりました」 (6月10日)


【震災3カ月、世話人からのメッセージ】
ホテル観洋世話人
「一日一日が早くて・・・。3ケ月まだまだ水の問題、仮設の問題
色んな問題ありますが、ゆっく り、 進みたいと思います。冷蔵庫、栗山さんから受け取りました。
今日一日ガスを安定させ明日電源ヲ入れたいと思います。局スタッフ皆、喜んでいまーす(^о^)‖」
(FM局で使うからと要請があり、しばらく使ってない冷蔵庫を本吉町に向かう
栗山さん夫妻に持っていってもらいました。動くかしら?!)

戸倉世話人夫人「こちらは まだ 水道は出ないです。海は 地域の方々と 刺し網をして 魚をとり
おかずにして食べ ております。生きはいいのですが!少し油の匂いのするものもあります 先日 主人が話して
いたのですが、このまま漁協の指示の もと瓦礫掃除して 給料を頂いてることに 不安を感じております」

歌津世話人「漁の再開はまだ決まってないようです。うちとしては7月1日からやりたいのですが、
どうなるか分かりません。ちなみに7月1日は毎年、タコ、ツブ漁の解禁日です。」
歌津世話人夫人「再会した保育園は今月いっぱいはパンと牛乳といった簡素な昼食で、7月からは
お弁当が支 給されるそうです。各家庭で水が復旧(飲用としてもok)したら、お弁当を持参して通います。
当分の間は強い余震などの恐れがある事からお昼寝時もパジャマに着替えず、すぐ避難できるよう
そのままの格好で寝るそうです。
保育園は高台にあるのですが、行くまでにはどのルートも海沿いを通らなくてはならず、
『また津波が来たら… ちゃんと迎えに行けるのか…』 と不安もあります。
しかし入園式の日、先生から『お子さんは職員が責任を持ってお守りします』 と、心強いお言葉をいただき、
安心して通わせる事ができます。
実際、震災の日は迎えに行けなかった親御さん、迎えに行ったのに帰れなかった方も多数いて、
先生方は家にも 帰らず、何日も子供達を不安にさせぬようお世話してくださったそうです。
そして23年度の保育料は無料。有り難いです。
あれから三ヶ月。まだ三ヶ月なのかもう三ヶ月なのか… 。ライフラインも仮復旧し、一ヶ月前、二ヶ月前
よりは随分と暮らしやすくなりました。問題はまだまだ山積みですが、着実に前に進んでいると思います。」

・気仙沼市本吉町の避難所が閉鎖になります。それぞれ仮設や親類の家へ移られるようです。
本吉町世話人「こちらの避難所も今晩の食事で最終で無事終わりました。
土、日で掃除して日曜日のお昼から入所した方々で閉所式らしき事をして散会です。
ちょっぴり寂しい気持ちになります。 皆さん本当にありがとうございました。
これから仮設住宅も含めてどのように支援していけるのか考えてみます」(6月10日)

・6月11日、支援者の一人である日大脳外科教授の酒谷薫さんが本吉町の避難所を訪問し、お年寄りらのストレスの
診察をされました。写真下。そのレポート「パニックからやり場のない怒り」です。
酒谷さんは神戸市出身で阪神淡路大震災を経験されています。

「酒谷先生とお話しする事が出来ました。 今後、支所の方との話し合いが必要ですが、それがうまく行けば
継続してケアーをして下さるとのことなので、努力したいと思います」(本吉町世話人)
(6月11日)

・6月12日、戸倉世話人夫人「今日からカゴ漁の準備(写真下)を始めました。頑張ります」

・6月12日、戸倉小学校の野球部(写真下)の子供たちがユニフォームを求めています。
部室においてあった試合用、練習用が流されました。
家を流された子どもも多いようです。部員は10人。古着でも結構です。
戸倉世話人夫人「戸倉小学校の野球の練習を始めたのですが!ユニフォームがなく 監督にきいたら
全部流されてしまったとの事でした。戸倉中学校には 昨日届いたそうです。」



6月26日、戸倉世話人夫人「今日は 朝から雨で 部落の消毒をしました。和歌山市の藤井利典さんから
野球のユニフォームやら帽子など たくさん頂きました=写真上。今日は雨で練習は出来ませんが、
今度の練習に持っていきたいと思います。子供達は 野球をしている時の笑顔はなんともいえないくらい 
輝いてます。本当にありがとうございました。」
(7月4日、野球協会から新着ユニフォームを支給されることになりました。募集を打ち切ります)
・ホテル観洋世話人が読売新聞全国版=写真下に実名で取り上げられました。日付は?


・6月12日、気仙沼市本吉町の避難所「松尾コミュニティセンター」が閉所になりました=写真下。
「お陰様でした。 久し振りに多くの方々が集まり避難所の清掃をした後、閉所式と懇親会を
行いました。皆さんの協力で楽しく話しており一見普通の懇親会と勘違いしそうな雰囲気でした。
しかし、話しをしてみるとまだまだこれからが本当に大変なんだと改めて感じました。
これからどのような支援していけるのかわかりませんが協力して行きたいと考えておりますので宜し
くお願いいたします」(本吉町世話人)

※世話人さんから 写真と感謝状 が届いています。

・6月12日松尾コミュニティセンター避難所閉所式=写真下。


・6月13日 歌津の世話人さん方で皆さん方の支援物資の配布が行われました=写真下。
「たくさんの方に来ていただきました。洗剤や日焼け止め、蚊取り線香や虫除け、食料では小麦粉や
ホットケーキミックスなど粉物が 大人気でした。
 また昨日は子供服やお菓子、ベビー用品が多くありママさん方に大人気でした。妊婦さんがいる事を知った
支援者の方が、自分が使っていたベビーカーやマタニティーグッズ(とてもキレイでした)を送ってくださり、
大変喜ばれました。ありがとうございます。お昼前にはボランティアで美容師の方に来ていただき、こちらも
大盛況でした。皆さんスッキリした頭でニコニコ帰られました」(世話人夫人)


 

・6月13日、ホテル観洋避難所にも夏衣類などが届き始めました。右は物資に入っていた手紙。
写真下左はFM局(仮役場内)に届けた冷蔵庫。
・6月16日、入谷の仮設「水道は通りました。トイレは大丈夫です。ただ塩分が多くて飲み水、洗濯、風呂には使えません」
(世話人)

・「16日に子ども 服をママさん方に配布したときの様子です」=写真下(歌津世話人夫人)


・6月17日、埼玉県の授産所の「社会福祉法人 歩む会福祉会 ねぎぼうず作業所」が、収穫した(写真下) 玉ねぎを
送ってくれることになりました。「知的障害を持った方々が心を込めて育てました。社会的弱者
と言われる彼らが、少しでも皆さんのお役に立てることを、嬉しく思います」(職員の方)
入谷の仮設住宅=写真下左、歌津=写真真ん中に届きました!(6月19日)
7月にはトウモロコシが届きました=写真下右。

・6月17日、東京の栗林麻美さんが気仙沼市本吉町を訪問しました。
「ミシン」や「アイロン」(中古で結構です)とともに「ハエとりりぼん」の支援要請があるようです。
その理由は、 レポートを読んでください。(6月17日)
・歌津の世話人さんが東北放送(TBS系)の取材を受けました。写真下。7月1日のカゴ漁にむけての取材だそうです。
(6月19日)


・6月18日、歌津の世話人さんが気仙沼に近い名足地区で物資を配布してくれました。写真下。
「今日は新鮮なお野菜、殺虫剤、衣料品などを中心にお届けしてきました。こういう支援を受けたのは
初めてだそうで、大変喜ばれました」(歌津世話人夫人)



・6月18、19日、市川市の八木亘さんが入谷中学校跡地と本吉町の仮設住宅を訪問しました=写真下。

そのレポート(大幅更新!)ですが、まとめると、
○買い物に片道40分 毎日移動ばかり・・・
○どこにいっても虫だらけ
○物資もコミュニケーションも必要

・6月20日、広島市のアンディワークス株式会社、井上 尚さんがTシャツを大量に送ってくれました。
写真下は志津川中学で配布しているところです。


・6月21日、歌津の世話人さんが海の様子を探るため船を出してカゴを投げ入れました。
その様子は同行した東北放送によって放送されました。23日に引き上げるそうです。頑張れ東北!
「久しぶりでしたが船酔いはありませんでした。取材陣は具合が悪いようでしたが。昼、夜のニュースで
取り上げられ、ご飯を食べながら拍手喝さいで盛り上がりました」(世話人夫人)

・6月21日、【気仙沼市の小泉地区を支援対象に加えました】
上記、栗山さんの紹介で、 本吉町平貝(小泉地区)のOさんに地域の実情などを聞きました。
写真下左は小泉地区、奥に小泉中学避難所、Oさん宅はその右側。 右は海岸線を走る気仙沼線です。(4月10日撮影)

・6月23日、志津川中学世話人、「浅漬けの素でつくった今朝の漬物です」 =写真下。

・6月23日、歌津の世話人さん方は一昨日、入れたカゴを引き揚げました。
「今日は大雨の中での仕事で大変そうでしたが、なかなかの大漁でした。期待どおり新鮮なツブを
(テレビクルーも含めて)みんなで堪能したそうです。
今日とれたタコ、ツブ、毛ガニはすぐに市場職員に渡し、県に調査の依頼をお願いしたそうです。
結果は27日に出ます。ドキドキですね」(歌津世話人夫人)
こんなことまでしなくてはいけないなんて・・・。

・ 6月24日、「最寄りのコンビニ(車10分)が今日から営業を再開しました=写真下。ちょっとした
買い物はもちろん、 郵便ポストやATMを利用するにもだいぶ車を走らせていましたから、
かなり楽になります。 店内にはたくさんの風船、そして今までは販売していなかった野菜やキノコなどが所狭しと並んでいました。
この日を待ち望んでいたのは私達だけでなく、作業員の方々やボランティアの皆さん。
自販機一つありませんでしたからね。 有難い事です。」(歌津世話人夫人)

・支援者のおひとりで愛知県在住の方が「自衛隊賛歌」を作詞・作曲されました。(6月25日)

・6月26日、「今日、津波で流された小泉大橋が開通しました\(^O^)/国道45号線が寸断され、
山道を通って職場に…, 20分くらいかかってましたが、今朝は4〜5分で帰って来ちゃいました。橋から小泉の町を見てみると…
な〜んにもありません。田んぼはあちらこちらで沼になってました」(本吉町小泉地区世話人)
小泉大橋は、南三陸町と気仙沼をつなぐ大動脈です。

・6月28日、「志津川中学避難所は自衛隊が30日に お風呂、水と全面撤退になりました。水道は通り
ましたが飲み水には適さないので、今からどうなるか不安です。
 入谷の仮設は、我が家は 父親が身体障害者なので、車椅子の場所を提供されました。しかし、
いろいろ問題があって、周辺は傾斜が無く玄関すれすれに雨水が溜まっていて大雨の日は長靴でなければ
歩けません、また、木の杭の基礎なので震度1でも 震度3位に 感じます」(志津川中学、入谷仮設世話人)
.「本日、アイロンと アイロン台を頂きました 欲しい方が 沢山います 学生がいる家庭は ワイシャツ
に無くてはなりません」(6月28日、入谷世話人)
・6月28日、「ホテル観洋、昨日から部屋のトイレと水出るようになりました。ただ一部で飲み水では
ないですけど・・・。
 仕事のほうは、周り徐々にやり始めてる様ですが、まだまだ漁師してる方々が海での仕事が出来るのを
待ってる状態です。役場の方は自立自立の言葉ばかりでやってることが全然見えません(;一_一)」
(ホテル観洋世話人)写真下は20日の週に観洋で行われた山田養蜂場提供の起訴化粧品配布のときのものです。
・6月29日、「レンジラック2個を 頂きました。 私の父親の同級生夫婦にハエ取りリボンや
卵焼きフライパン 足拭きマット、それに味噌の支援などを一緒に あげました=写真下。高齢者2人で
カラーボックス 3個が唯一の家具でした。
菊栽培を一生懸命 していました。レンジラックは 大変喜んで 早速今夜作ると 言っていました
津波がなければ穏やかな老後だったのに悲しくなりました」(入谷仮設世話人)


・6月29日、写真下は志津川港で出港の準備を終えた「松島丸」。震災前に進水したばかりで初の本格出漁
です。「お陰様で 出航の準備は出来ました。やはり 漁師は 海で漁をする事 一番の幸せだと思います。
今の主人は いきいきしてます」(世話人夫人)



・こちらは歌津・泊浜港の「福洋丸」。
写真下は、6月28日、歌津の世話人さんが広島の「アンディワークス」さんらが送ってくれたTシャツを港で
配布していただいたところ。もう一枚はは6月25日「今日はカゴ漁の準備をしていた漁師仲間と撮りました」。
後ろに見えるのが出港準備を終えた「福洋丸」。 泊浜港は必死のがれき除去の結果、現在のように使える
ようになりました。「津波の前はここに何百艘が停泊していましたが大きな被害を受けました。
現在は、ほかの港からも残った魚船が集まってきています」(歌津世話人)ということです。
6月28日夕、「出漁決定」を受け家族で喜ぶ歌津世話人さん方の様子は東北放送により放送されました。
※出漁できるのは船が残った漁師さんです。



・6月30日、石巻市の牡鹿半島で自宅避難者への配給が打ち切られたとしてツイッター上で問題
になっていたので、 歌津世話人夫人に聞いてみました。
Q、自宅避難地区の物資の配給はどうなっていますか?
A、「何か届いた時に放送で『配給がありますので、センターまでお越しください』と流れるんですが、
最近は週1〜2回位でしょうか。ミネラルウォーターや、お菓子、カップラーメンなどが主で、
しかも不定期ですから実質終わったも同然かもしれませんね。
ただ週に一、二回位、ボランティアの方が炊き出しをしてくれて助かっています。
 そして明日はいよいよ出港です。本当に有り難うございます。
震災直後は『漁が出来るまで何年かかるんだろう…』
といった状況でしたから、夏漁が出来るなんて夢のようです。
今年は漁の出来ない人の分、応援してくれるたくさんのみなさんの為にも、いつも以上にがんばらないと
気合い十分です。 AM3時出港、2時半起きなので、早々寝てしまいました。
私は今からお弁当作りです。例年以上に気持ちを込めておむすびを握ります(笑)
明日は千五百個カゴを投入。
水揚げは4日の明け方なので、その日は大漁の報告が出来るようがんばってもらいたいですね☆」
・7月1日、歌津の世話人夫人さんに、志津川大森地区に配達に出かけていただきました=写真下。


7月1日解禁のカゴ漁から無事帰港!
宮城県による「海産物に原発事故の影響はない」との検査結果を受けて、
南三陸の漁師さんは7月1日、タコ、ツブガイを狙ってカゴ漁に出漁しました。。
歌津の世話人さんの『福洋丸』、戸倉の世話人さんの『松島丸』も出漁しました。
カゴを入れて無事に帰港後、歌津の世話人さんから「無事に操業を終えました」の連絡がありました。
水揚げは4日です。(7月1日)
  カゴ漁解禁を報じる河北新報   スポニチ「船の有無で格差も」 NHK

・7月9日、「今日は物資を自宅で配りました。=写真下。皆さん、本当にありがとうございました。
もう一枚は支援していだだいた水中ポンプです」(歌津世話人夫人)
※水中ポンプって何でも使えるんですね。これを支援していただいたのは仙台の 松音寺さんです。
お寺も被災者です。「私のところはなんとか落ち着きました」と言って支援を申し出ていただいたのが
もう3カ月前です。




・千葉の八木亘さんが入谷仮設住宅の世話人さんに 最新の状況を聞きました。(7月11日)

・7月2日、気仙沼市本吉町小泉地区の世話人さんが、写真(下)を送ってくれました。
「�〆�の小泉地区の風景を撮ってみました。 田んぼは水が引かず沼状態になってます。
向こうに見える直線道路が小泉大橋(気仙沼と南三陸を結ぶ)です。手前の木は橋より向こうの赤崎海岸
から流れて来た防風林…松の木です。防風林は一本も残っていません。
�⊂�泉大橋の夜間の灯りです。復興に向けてとても頼もしい灯りに見えます」 (小泉地区世話人)



・7月5日、気仙沼にミシンが届きました。津谷の世話人さんから七夕の日に現地からそのミシンの
写真(下)が 届きました。「これでなんでもも縫える」と大喜びだったそうです。


【速報】7月4日、カゴ漁で震災後初の水揚げ!=泊浜港

・7月4日、「こんにちは。おかげさまで無事に震災後、初の水揚げが出来ました。
水揚げ後、取ったタコ、ツブ、毛ガニ等で港でバーベキューしたので写真(上) を添付します。
ちなみにですが、漁に東北放送が同行したので、今日のNスタみやぎというニュース番組に出ると思います」
(歌津世話人) ※水揚げは去年の半分ぐらい。多くの船が失われたなかで幸先のいいスタートです。

・「お陰様で初漁が出来ました。まずまずの漁でした。今夜も8時出航します。」(戸倉世話人)

・7月4日、歌津の世話人夫人さんの初水揚げに対するコメントです。
「今日は港でツブのほかにもお肉や焼き鳥、とうもろこしも焼いたんですが、すべて皆さんからの物資です。
おいしくいただきました。 水揚げトン数ですが、今日は志津川だけで3トンだそうで、
1キロあたり777円だそうです。縁起がいいですね。 歌津では市場を通さずに毎日問屋さんが買い付けにきます。
で、まだ値段は出ていませんが、ご祝儀相場になるでしょうか・・。
タコは東京、大阪方面が多いようです。今度聞いておきます。」

・7月6日、入谷の仮設住宅にネット販売から椅子を送って下さった方がいます。差出人不明です。
名前をお知らせください。 ネット購入ではこういうことがままあります。そのことを伝えてくれた
世話人さんのメールにこんな記述もありました。
「松本大臣に『何もかも津波で無くなったら 良い答えが 出るから 貴方も無くしたら?』と言って欲しいです。
何人もの身内、大親友、私の美容室に来て下さったお客様。皆、大切な命だった。
皆を かえして」(入谷世話人)
・7月7日、「おかげさまで、タコ、ツブとも例年より高値で取引されているようです。ただ、
4か月近くのブランク、昼夜が逆転する夏漁とあって毎日ぐったりです。いつもなら暑い、疲れた、
眠いとのマイナスの発言が ありますが、今年は一切口にしていません。仕事ができるだけでも幸せです。
いつもありがとうございます」(歌津世話人夫人)

・7月9、10日、川崎市の松下徳太郎さんが車にミシン3台などを積んで3回目の現地訪問をしました。
写真下は新装なった志津川中学炊事場と炊事場担当の世話人さんです。
以前のブルーシートで覆っ ただけの炊事場から大進歩ですが、この暑さでは職場環境は悪化したようです。
松下さんの報告(大幅更新!) です。極めて示唆に富んでいます。
まとめると、
○4カ月経て被災者に大きな「格差」
○怠け者もいるが、「働けないお年寄り」も
○パソコン、携帯で発信できない人への支援が急務
○世話人は復旧、復興の見本だ
○三陸漁師は「一領具足」(野武士)だ!
○再建の足引っ張る国の政治

・7月9日、「97才のお婆ちゃんに レンジラックを (志津川中学仮設)を今日渡して来ました=写真下。
津波で家族は皆助かりましたが 三人で仮設に5月15日に入って一安心だった矢先7月3日に息子76才が急死
してしまいました 車を運転出来るのは お父さんだけだったので 途方に暮れていました ラックは私達が
組み立てて置きました 組み立ても慣れてきました」(入谷世話人)

・7月10日、入谷の世話人、Tさんからメールをもらいました。10日は娘さんの16歳の誕生日
だったということです。
そのほか、メールには 「Tさんの 3・11」がどんなものだったかが記されていました。
・7月11日、震災4カ月。NHKのニュースウオッチ9で、仮設の孤独死の問題が取り上げられていました。
ご覧になった方も多いと思いますが、細々とでも支援を継続することが、コミュニティづくりの
お手伝いにもなるのではないかと思いました。
・7月13日、「南三陸で最初に出来た仮設住宅(横山地区)に1、カラーボックス、メタルラック 、
バスマット等を届けて来ました。写真下左。 2、二人目を8月出産予定のMさんに ミシンを届けました
洋裁の学校を卒業し 子供の服は自分で縫いたい願いが叶います=写真下右。横山の仮設は蟻が大量発生し、
雨漏りにも悩まされて居ます。ありがとうございました 」 (入谷世話人)

・7月16日、「この地区でNHK教育テレビ 『お母さんといっしょ』の録画どりがありました。
いつも見ていたお姉さんやお兄さんがいるのでびっくり。  8月1日放送です」(歌津世話人)
・7月16日、「志津川の仮設店舗建設計画がありまして、中小企業基盤整備機構の制度?を活用した
プレハブ店舗と、コンテナ店舗を設け貸し出しする様です。商工会会員に参加を呼びかけ飲食店、鮮魚店
など約100店舗の 営業再開を目指してるみたいです。早ければ9月にも」(ホテル観洋世話人)
・7月16日、 「仮設住宅最終抽選会本日ありまして18日発表ですが・・・一応希望は出しましたが
何処にあたるか不安の毎日です。仮設は、まだ出来ていない仮設も抽選しています。8月迄には住めると
言ってたのはやはり無理なんでしょうか。雨漏りやテレビが映らないやエアコンが効かないなどのトラブルも
でてるみたいです」(ホテル観洋世話人)

・7月17日、「やっと水道が通りました。飲用には適さないということですが、本当にうれしいです。
がれきの除去ですが、予算がないということでストップしています。漁に出られないひとは唯一の収入手段ですから心配です」
(戸倉世話人)
・7月17日、「今日食料品と除湿機をいただきました。食糧品については
10軒に分けてすぐ仮設住宅の方へ配布いたしました。
仮設入居者の中に、建物に入っていると苦しくなると訴える方がおり、
今日行って見ましたら実家に帰ってる様です。
隣り合わせの方々に聞いて見ましたが皆もその傾向にあるようです。
今後このような方が増えないといいんですが。
(本吉町津谷世話人)

・7月18日、「なでしこジャパンバンザイ!」
「昨夜は本当久々の感動でした」(戸倉世話人夫人)
「あの瞬間に立ち会えて幸せでした。朝からいい涙を流しました」(歌津世話人夫人)
「送っていただいたパソコンをつなげて石清水選手の日章旗をみました」(入谷世話人)
「昨夜は夜勤で試合は見ることができませんでしたが、日本中にパワーをくれて有り難う!
�爛好檗璽弔猟�本吉町�瓩鯢�興して みんなでまたスポーツの集まりを持ちたいです」(本吉町小泉世話人)
・7月18日、ホテル観洋の世話人(元志津川中学世話人)が、仮設住宅の抽選で当選しました。
「最後の抽選でやっと当選しました。これでだめなら町外でした」(ホテル観洋世話人)
・7月19日、ハエや蚊が大発生!
「仮設ではハエ取り棒が便利です。ハエ取りボタンをつるす場所が少ない。高いところは高齢者は難しい」
(入谷世話人)


・7月20日、「こちらは台風の影響で、海から瓦礫が街に流れ着いています。
自衛隊が居なくなって、とにかく困っています。
先日、支援したいただいたハエとりリボンと食器類を小泉地区の仮設に届けてまいりました。
高齢者が多い地区です。海岸線の瓦礫は、そのままのようでした。 写真下を添付いたします。」(入谷世話人)

・7月21日、「140人の人達が二次避難しているニュー泊崎荘さんで配るのを手伝ってもらいました
=写真下の上。 もう一枚は町内の知人の庭先です」(歌津世話人夫人)




・7月21日、レンジラック、カラーボックスなどが入谷の仮設に届きました=写真下。
「大量のご支援には驚いています。まだ全ての仮設住宅が出来上がってはいませんが、車に置いておける
4人の方に早速配らせて頂きました。皆様のご厚意に感謝しております」
(7月23日、「新たに何人かに配分しました。写真下右は、現在は、親戚の家を間借中で、今度、廻館の仮設が
当たった方です。『腰が悪く杖を使わないと歩けません。とても助かります』と、言ってました」)
                 

・7月22日、みなさんから色々な物資を送って頂きました。
ご近所の皆さんも本当に感謝しております。下左の写真は…ご近所のおばあちゃん(右)と、
うちのおばあちゃん(左)です。お互いお茶のみに行ったり来たりして心の支えになっているようです。
近くにあったお店はすべて無くなったため、私達もですがお年寄りは本当に大変です。先日物資を届けた
ところ「助かる〜」と喜んでました。
下右の写真は…仮設住宅に入った方にアイロンを届けました。アイロンはこのほかにも数人に
届けております。この場をかりて ありがとうございましたm(__)m」(小泉地区世話人)
                
・7月23日、「提案ですが、仮設の敷地にテントを設置できないもんでしょうかね? テントと
テーブルと椅子があれば、高齢者のひきこもりを少しは防げるかもしれません。隣の家に行っても
四畳半では狭くてお茶っこもでぎねぇ・・・でしょうから」 (松下徳太郎)
・7月25日「送っていただいた野菜、肉などを主婦のみなさんに配布しました」= 写真下(歌津世話人夫人)

・7月29日、「午後、中山馬場地区の奥の方に行ってきました=写真下。 高齢の方が多く、
買い物するにも大変だったようで、大変喜ばれました。ありがとうございました」(歌津世話人夫人)



・8月1日、「涼しい一日でした。
中瀬町地区の仮設住宅が出来て、引っ越してきた高齢者にレンジラックを届けてきました。
ありがとうございました。
写真の仮設は、同地区内の建設途中のものです。
今から作られる仮設は、写真(下)のような仮設ばかりだそうです。
これからどんどん、遠くに二次非難されてりた人たちが地元に帰ってきます。
これからもご支援よろしくお願いします。
 
・8月2日、「昨日やっと飲み水が出ました!
あまりに久々すぎるので、逆に飲むのに躊躇してます。
また漁の方はお陰様で順調です。値段も下がってませんし、量的にも例年以上に水揚げされています。
船を無くした人も、中古の船を探したり、新しく作る人など様々ですが、秋の鮭漁には間に合わせたい
という方が多いようです。 瓦礫の撤去作業の期限も延長され、今では女性でも積極的に作業に加わっています。
そして添付した写真(下)ですが、こちらは内職です
。 お義母さんは泊 浜漁協女性部として、ホタテの貝殻を仕様したアロマキャンドル、『復興のあかり』を 作っています。
 そして私は漁で使う網を材料にしている『浜のミサンガ環』を作っています。
どちらも売り上げの一部が給料となりますので、たくさんの女性が参加していま.。
浜の女性は手先が器用で働き者ばかりです。(私は除きます。)
 仕事を得た事でみなさん生き生きしてるように見受けられます。瓦礫が少しずつ片付いていくのと比例して、
町も人も元気を取り戻しています。がんばり時ですね!!
  そして民宿で避難生活を送っていた皆さんも仮設の完成に伴い、4日までに引っ越しを完了するようです。
それでは失礼します」(歌津世話人夫人)
 

・8月8日、支援者の一人、「GO SMOKING友の会」の佐藤さんが、「復興への伴奏曲」 を制作されました。
「ラジオ体操(国民の財産)を、作曲なさった 故 服部正先生に許可を頂き『わが国の元気』のために『今風』に
制作し」、 これまで眠っていたものを、今回の震災のを契機に「震災からの復興の伴奏曲」としたものだそうです。
 「被災地の皆さんが、ウオーキングやストレッチの伴奏につかって頂けるようでしたら、音楽だけをCDにして
必要枚数を送ります」とのことです。

【震災5カ月】

「一昨日の8月11日、買い物帰りでしたが、ちょうど蔵内地区の辺りで2時46分だったので、
車をとめ、海へと黙祷。海の恩恵で生活している私たち…なんとも複雑な気持ちで手を合わせました。
たった1日で…すべてが変わってしまいました。
そんな気持ちとはうらはらに、この日の海は本当に綺麗で、思わず写真を撮りました=写真上。
夜は仙台や気仙沼で追悼の花火が打ち上げられました。
今日は志津川でも打ち上げられたそうです。
今年は誰しもが家族、友人、知人を亡くしていますから、いつもとは違う気持ちでお盆を迎えています」
(歌津世話人夫人)

・8月11日、「娘を迎えにいくために気仙沼に行きました。
今まで小泉地区の海岸線は松原が海を隠していたのですが、その松原が根こそぎ無くなり、
はるかに気仙沼の花火が見えたのには驚きました。
今日は 何をするにも 亡くなった人達を思い出し涙が溢れてきました、目が腫れました(笑)」(入谷世話人)

・8月13日、「戸倉神割崎近くの仮設住宅の高齢者の家のお嫁さんに取りに来ていただきました=写真下。
入居と共に、レトルト食品・調味料や食器類を渡しました。大変喜んで帰って行きました。
皆さんのご支援に大変感謝いたします。 ありがとうございました。」(入谷世話人)

・8月13日、私を含む支援者数人が東京・渋谷に集まりました。
今月末の仮説への大量入居にあたっての支援が急務ということで意見が一致しました。
集まったうち3人がお盆明けに現地にうかがいます。

・8月14日、「自宅前で支援物資配布しました=写真下。この日は麦茶、お酒、食料品、冷凍食品、
子供用のジュースやかき氷器など大変喜ばれました。また、アンパンマンジュースをたくさん頂いたので
保育園に人数分届けました。」(歌津世話人夫人)


・8月16日、「こんにちはあっという間にお盆も終わってしまいました。 このお盆にボランティアに
来てる方も多いようです。暑いなか本当にありがとうございます。 今夜は小泉の町に千本の灯籠を
置いて送り火を灯し、亡くなった方達の供養をしました=写真下。住宅がほとんど無くなった町に手作りの
灯籠が並び…丘の上の小学校からその灯りを眺めました。家を無くした方達はどんな気持ちで眺めて
いたことでしょう… 町に入って灯りを見たら「涙がでてきた」と話していたのが聞こえてきました。
計り知れない悲しみを抱えて生活しています。今後も皆様方からの支援を微力ですが協力して行き、
被災された方にちょっとでも笑顔が見れたらなと思いました。これからも宜しくお願いします」
(気仙沼小泉地区世話人)

・8月17日、「 月遅れのお盆も終わり少し静けさが帰って来たような気がします。
余りにも、復興、復興と行事が多いように思います。中身は何一つ進んでいないのが現状です。
もう少し何か考えられないのかなと思うのは私ばかりですかね」(気仙沼津谷世話人)

・8月18日、「今日は泊浜の仮設住宅に行ってきました=写真下。5ヶ月を過ぎても、まだたくさんの方が
この地域の事を気にかけてくださってるんだなぁ…と思うと有り難うの言葉だけでは言い尽くせません。
でも何度も言わせてください! 本当にありがとうございます。」(歌津世話人)




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