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八木亘さんの仮設住宅訪問記
○いつも大変お世話になっております。
6月18〜19日に各地の仮設住宅を訪問してきました。
最初に、お届けした物資を報告させて頂きます。(食料品は省略します)
【入谷中学校跡地仮設住宅】
・衣装ケース 8個 ・小型タンス 2個
・移動式屋内用物干し台 3台 ・金属製2段ラック 1個
・3段カラーボックス 5個 ・工具箱(工具一式入) 1個
・フッ素加工の玉子焼き器 10枚 ・回転式野菜水切り 5個
・アイロン 1個 ・アイロン台 1枚
・座布団 3枚 ・キッチンマット 1枚
・お盆 2枚 ・長さ調節機能つきの物干し竿 1本
・種々の食器・調理用具類
【気仙沼市津谷高岡住宅跡地仮設住宅】
・3段カラーボックス 3個
【気仙沼市津谷小学校グラウンド仮設住宅】
・3段カラーボックス 2個
ちなみに上記の物資は全然足りていませんので、バッティングの心配はありません。
今後もどんどん送って頂ければと思います。
○まずは入谷中学校跡地仮設住宅についてご報告致します。
最初に問い合わせのあった洗濯物を干すところですが、軒下に物干し竿をのせる金具はどの仮設住宅にもついています。
そして物干し竿1本は支給されているそうです。ですがハンガー類は必須なのでそれは買い揃えなければなりません。
また、写真を見ると分かりますが、軒下の空間はかなり狭いため、雨の日に外で干すことはできません。
屋内で干すための道具も必要になると思います。
世話人のTさんにお会いして色々とお話を伺いました。
仮設住宅には色々問題はありますが、まずは場所が辺鄙なことです。
買い物に行くには車で片道40分、ガソリンスタンドに行くには車で片道40分、金をおろしにいくのに車で片道40分
(全部場所がバラバラ)といった状態で、移動ばかりで時間が過ぎてしまうし、ガソリン代もばかにならない。
もうひとつの問題は、備え付けの家電製品ですが、基本一人暮らしの大学生が使うようなものであり、家族でつかうには
容量不足。
上の理由で、買い物にいったらできるだけ買いだめをしなければなりませんが、冷蔵庫の容量が少ないため、
結局繰り返し買い物にいかなければならない。悪循環ですね。
そういった理由で、日常最低限なことをするだけで一日が終わってしまい、疲れ果てて眠ってしまう、といった毎日で、
自立云々という話にも現実味が感じられない状態だそうです。(仮設住宅に住めるのは2年間のみ)
また入居者は抽選で決まってバラバラに入ってくるため、実はまだどこに誰が住んでいるのか分かっておらず、
顔合わせもリーダー決めもこれからということです。
上のような状態なので、もし一人暮らしの老人が入居してきて、付き合いもせず孤立していたら、孤独死しても不思議はない
のが現状といえます。
今後は地域社会の人の繋がりをこえた、人の繋がりが必要になってくると思いますので、物・金の支援も必要ですが、
コミュニケーションの支援が必要になるような気がしました。
行政は仮設住宅に入ったら後は自己責任といったスタンスですが、衣食住が確保できればそれで終わりというわけでは全くない、
と感じました。
できるだけ早く仮設住宅から出られるように、一緒に汗を流すことが今後必要になるのでしょう。
書きたいことはまだまだいっぱいありますが、時間がないので、また日を改めて送信します。
6月20日 八木 亘
○入谷中学の仮設住宅の世話人Tさんの話の続きを順不同で書いていきます。
・仮設住宅では床に座るのが基本になるので、膝に負担がかかる。小さな机か椅子があればいいんだけど・・・
・Tさんは震災前は美容師をされていたそうで、再び仕事につくのは難しいと嘆いてました。先日TVニュースで、
大船渡で美容師の被災者に全国美容師組合(?)が援助をして、仮設の店を開かせる話があったことを話しましたが、
全然そんな話は知らないということでした。(何かそういう援助の話を知っている方がいたら教えて下さい。)
・ホテル観洋ではブラジャーの支援があると、サイズの確認をする余裕もなく「アフリカの難民キャンプのように」奪い合い
になるそうです。(女性支援者の方、お願いします)
・とにかくどこに行っても虫だらけなので虫よけは必須。(実際話してる最中もハエに悩まされました)
・食料の支援は買いだめで常に冷蔵庫が満杯のため、日持ちする素麺・冷麦などが望ましい。(となると麺つゆも)
・ですがやはり一番必要なのは収納用品ということでした。無印良品などで見かけるPPケース引出し式のようなものが、
積み上げることも可能でダンボールでも送れるのでよいかも知れません。(これは本吉町も同様)
・また私がいる時間帯に、明治牛乳と富士薬品がきていました。明治牛乳は牛乳の配達を行い、富士薬品は富山の薬売りの
方式で薬箱を配っていました。他に廻ってくる業者は特にないそうでした。
・またすぐとなりの入谷小学校のグラウンドにも仮設住宅が建設中でした。夜はTさんの勧めでホテル観洋避難所に泊まりました。
隣の部屋に世話ん人のKさんがいらっしゃったので、長時間語り合いました。
Kさんは被災者の間に、支援を当たり前のように考えてしまう支援慣れの風潮が出てきている、と危機感をもたれているようでした。
現実的な自立へとつながる支援ができればいいんでしょうが、言うは易しで、なかなか難しそうです。
本吉町についてはまた日を改めてお伝えします。
6月23日 八木亘
○最後に本吉町訪問についてお伝えします。
本吉町では世話人さんにお話を伺いました。
本吉町については、山道を通っていったせいで、海岸の被災地をみてないための印象もあるのですが、町の基本的な機能は損なわれておらず、
町ごと津波にさらわれた南三陸町に比べると、まだまだ大丈夫なように見えました。
中心部の旧本吉町役場の気仙沼市役所出張所周辺もきれいなものでした。
気仙沼市と本吉町は、平成21年に統合して一つに市になりました。
そのため気仙沼は気仙沼、本吉は本吉といった意識はあるようで、世話人さんの話でも議員の訪問など気仙沼には何人も行っているが、
本吉にはだれも来ないということで、何で来ないのか催促することもあるのだとか。
本吉の松尾コミュニティーセンターの閉所については、その後の落ち着き先は、独身の人が一人公民館の一部に寝泊りしている他は全員決まったそうです。
その公民館も居住性はよいそうです。
仮設住宅については、入谷とは違って町の機能が残っているため、買い物に苦労するということはないようです。
また会社も普通に残っているため、仕事がある人も多いそうです。そのため自立についても南三陸町と比較すると、雲をつかむような・・という感じではなく、家の再建をどうするか、といった具体的な話もでていました。
本来そうでなければならないのですが。
但し仮設住宅は抽選のため、よその地域からくる人も多く、入谷と同じく顔合わせやリーダー決めなどがまだされていないので、
そういった人々の状況についてはまだ分かりません。写真にありますように、早くから入っている人の部屋は結構整ってきていますが、
これから入る人は一からそろえなければなりません。
前回地域の人の繋がりをこえた新しいコミュニケーションについて書きましたが、仮設住宅単位での新たなまとまりを作り上げていく上でのきっかけとしても、
今後の支援が役に立つようになればと思います。
そのためにも今後、各仮設住宅の具体的な状況と持ちうる将来の展望について、継続的に知らなければならないと思います。
特に行政が仮設住宅にいれてしまえばおしまいおしまい、といった意識でいる以上、代わりに世間に周知するくらいのつもりで関わっていきたいと思います。
本吉町の津谷の世話人様に伺った支援希望物資についてご連絡します。
・下駄箱(といっても玄関が狭いため小さいもの)・灯油ボックス・ゴミ箱
・洗濯カゴ・傘・鍋 ・まくだけ虫よけ(これは入谷の世話人様も求めていた)
・洗いおけ(流しで蛇口の下に置く桶のことらしいです)・アミボール・LEDランタン、ミシン、アイロン
6月23日 八木亘
※本吉町については世話人さんから詳しい報告と写真があります。そちらも参照してください。一言で言って、被害にあったところとあわなかったところに大きな差があるのです。
世話人の居住地津谷も3分の2は流されていますし、それより海に近い小泉地区では175軒中170軒が流されています。しかし海から遠いところでは残ったところもあるのです(山)
写真下、南三陸町入谷の仮設住宅
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ホテル観洋避難所
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