山際澄夫のホームページ

移動にあたっての志津川世話人Kさんのメール
「支援者の方に志津川世話人一同より。
どのような言葉で御礼を申し上げれば良いのか分からないくらい、日本全国から物資
を送っていただいたことに感謝しています。今回の津波は、子供たちもお年寄りももち
ろんですが、そういう人を支えていく存在である私達にとっても大きなダメージになり
ました。
そのような中で、皆さんと出会い、各地から物資が届くようになり、さらに私達のこ
とを気に掛けて遠方から直接支援物資を届けて下さる方もいて、本当に励まされまし
た。また、あちこちの避難所においても、皆さんから届けて頂いた物資は、多くの方に
喜ばれました。
今後、志津川は二年、三年とゆっくりながらも復興に向けて歩んでいくことになります
が、その中で私達は避難生活を続けながらも踏ん張っていかなければなりません。
今後とも何卒宜しくお願い致します。そして、皆さんからの暖かい支援に対し、重ねて
心から御礼を申し上げます」
(5月4日)

※今回の移動は、元からいる志津川中避難民はそっくり、新しい避難所であるホテル「
観洋」に(600人受け入れ)、志津中には新たに他の町内避難所から200−300
人がやってくるものです、物資のストックは一部は持参、一部は引き継ぐことになりそ
うです。これに伴って、支援の内容も当然変わります。これまで志津川中では女性が、
特設の炊事場で食事をつくっていましたが、炊事場は廃止されました。
「観洋」も三食付きのようです。また、男性にはわずかですが、仮設住宅のバイトも始
りました。しかし、避難所への支援が不用になったのではありません。ガス、水道はも
ちろん、電気もいまだにないところが多く、義捐金、その他、支払いもまったくない厳
しい状況は変わりません。(義捐金の支払いはあすにでも始まるかもしれませんが、い
ったい、3・11から何日経過しているのか)。
 また、衣類は冬物はたくさんあるようですが、春、夏物の衣類はまったくといって
いいほどありません。
 いずれしても、避難所の避難者に対しては今後、何が出来るか皆さんとともに
検討したいと思います。 (5月4日)